大地と子どもを守る会
秋田県鹿角地区で放射能汚染から子ども達を守る会が立ち上がりました

住民反対運動

8月29日 日刊よねしろ新報 コラム欄より

「住民反対運動」

 平成元年11月に鹿角市八幡平地区であった産業廃棄物処理施設に対する建設反対運動をご記憶だろうか。
住民市当局、市議会など全市的を挙げての反対運動だった。
千葉県の業者が老沢地区の山林57ヘクタールに施設を建設建設しようとした。
うわさが広まった時点ですでに国土利用計画法に基づく土地売買届け出があったことで、急きょ全市的反対集会を開く一方で市議会は
「産業廃棄物処理施設建設に反対する決議」
を可決した。
全市的反対運動が建設計画をつぶした。
もし施設が建設されていたら鹿角市でも震災後の放射性物質の搬入騒動が起きたかもしれない。

20数年前の住民運動を紹介するのは、そんな思いからだ。




この新聞のコラムを見て心底ビックリしました。

24年前に八幡平が都会のゴミ箱として、にすでに狙われていたとは!

そしてさらに、

住民市当局、市議会など全市的を挙げての反対運動があったとは!!

24年前に鹿角市には、それがどういう事なのかを分かって声を上げる「まともな大人」が沢山いたのですね。

凄い!!誇りに思います。

記者さんにお聞きして

「議会20年史というのがあるよ。調べてごらん」

早速、議会事務局の方に見せてもらいました。

議会20年史の中にしっかり載っていました。img322.jpg
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img321.jpg

大人が自分の頭でしっかり考え、何が一番大切かをわかっていた時代がここにありました。

反対運動の熱気が当時の写真から、今なお感じ取れます。

そして、鹿角市を守る為にサクサク動いた議会!県に物申す市当局!!

素晴らしい!!鹿角にはそんな歴史があったのですね。

24年前はそんなに大昔の話ではありません。

コラムにあるように、小坂町の汚染焼却灰受け入れ問題がもしかしたら八幡平で起こっていたかもしれないです。

それを思えば八幡平地区は

「鹿角の美しい自然を守るのは市民の責務」

と言って、反対運動で水源を守った当時の大人達のおかげで今回も守られたわけですね。




「住民パワーは遂に業者の建設計画を断念させるに至ったのである。」




ちなみに小坂町の最終処分場が作られたのは、この十数年後。

鹿角市の反対運動を隣で見てきたはずなのに、小坂町ではあっさり作らせてしまったのでしょうか?水源に。



その時代の大人達の決断が、未来を大きく左右する!!

と実感しました。


数十年後に

「あの時の小坂町の決断がこんなことを招くとは?!」

となるか

「あの時の反対運動があったから、なんとか水の汚染はまぬがれた」

となるのかの分岐点に私たちは今、立たされているのですね。













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